EUAAメールマガジン第79号
<2011/10/3>
〜こうゆう連載企画 〜
EUAAメールマガジンで連載を担当いたします,佐伯です。 千葉県で高校の数学科教師をしています。愛媛大学卒業後,理学同窓会幹事業務のかたわら,普段の仕事で感じたこと等を綴っていきたいと思います。おつきあい,どうぞよろしくお願いいたします。


「東日本大震災−6」

理学部数学科 13回卒 佐伯 雅弘

(大島に夕方到着して,付近の海岸を視察途中)
   今回は8月のお盆休みを利用して再び気仙沼市大島へ支援活動に行ったときの状況を報告いたします。
(大島行きフェリーに乗り込んで,デッキから
気仙沼港を見る市船卒業生)
(お菓子を投げるとカモメが近づいてくる様子)

  今回の支援活動は前回のGWのときよりも大規模な形で行いたいという気持ちがチーム内にあり,私は早速メンバー集めから入りました。丁度卒業生を出して間もない頃でしたので,即卒業生達に連絡したところ8名の卒業生が名乗り出てくれました。男子学生2名以外に市船元吹奏楽部の女子学生6名の8名,更に自動車整備士の高原さんのご子息も参加してくれ,学生9名・自動車整備士2名・私の12名のチームが出来上がりました。

  ともかく今回は出発前の準備が大変でした。学生達は市船卒業生なので自己責任のもと活動してもらうとはいえ,私は何らかの責任を負うものと理解していましたし,当然のことながら現地からのニーズが2転3転して,その対応に必死でした。メンバーには連絡事項のメールを連射,精神的にもギリギリでした。

(ガレキ跡に立ちすくむ市船卒業生) (壊れたままの山頂行きリフト)

 出発当日は何とか天候にも恵まれ,JRとフェリーで現地へ向いました。到着後すぐに現地の災害対策本部へ行き全員で挨拶,その後初めて被災地に入る学生達の為に島内を視察して回りました。GWのときに比べいくらかガレキは撤去されていましたが,200トン・300トンもある観光船やフェリーが海に戻されていませんでした。しかし名古屋から応援に来ていた会社が,2隻の大型船を台車の上に乗せて,海に戻す作業をしていた光景には私自身驚かされました。あの何百トンもある大型船を乗せることができる台車の存在そのものが,小学生のときにTVで見た「国際救助隊サンダーバード」を思い起こさせた程でした。
 次回は翌日から入ったガレキ撤去作業について,エピソードも含めて報告いたします。

(台車に乗せられたフェリー)
 
<<番外編>>

佐伯さんが掲載された 「専門学校新聞」 の記事です。
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